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大矢野城址(おおやのじょうし)

更新日:2012年12月11日

大矢野城跡(おおやのじょうあと)

■指定区分 市指定
■指定種別 史跡
■指定年月日 昭和52年11月15日
■所在地 上天草市大矢野町中城本843


大矢野城(中村城)は、元寇(げんこう)の乱で活躍した大矢野氏の居城で、城の造りは平山の城に分類されています。築城の年月日は不明ですが、当時の地形から満潮時は、三方海に面する海城(うみしろ)でした。

城は慶長二年(1597)以降から使われなくなりましたが、寛永14年(1637)の天草・島原の乱で、一揆勢が城を修復して立て篭もろうとしました。しかし島原の原城を本陣としたため、城を放棄したまま原城へ移動しました。その翌日に、三角に集結していた肥後細川軍一万六千人が大矢野に上陸して、城は破壊されました。城郭(じょうかく)内(うち)には、昭和8年に元寇の乱で活躍した大矢野三兄弟の表功碑が本丸の一角に建立され、昭和29年の町村合併に伴い大矢野中学校が建設されました。


お問い合わせ

上天草市教育委員会事務局 教育部 社会教育課 文化教育係
電話番号:0964-56-3363この記事に関するお問い合わせ


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